― 波の音と 蝉の声と ―




はたと唐突に目を覚まし。
がばっと起き上がった朝6時。

鼓膜を揺らす波の音と
鼻先を擽る潮の香り。


「…夢、かぁ…」


昨夜12時まで電話をした後、まるで泥に沈むかのように眠ってしまったらしく
枕元には携帯が開いた状態で転がっている。
自分は昨夜実は八重山の合宿所ではなく、間宮の部屋のすぐ前に居て―
なんて都合のいいシュチュエーションは、見事に「夢落ち」 だったらしい。
残念ながら昨日も今日もそして明日も、岡野大成は八重山の合宿所にいて、
インターハイ開催まで調整を行う日々である。

まぁ、間抜けなことに、右手にはまっすぐに伸ばされたヘアピンがしっかり握られていたわけだが。


「夢遊病かな、俺…」


ぼそりと一人呟いて、水浴びをして乾いた毛足の長い犬の毛のようなぼさぼさの寝癖頭を
わしわしと掻き、岡野はゆっくりと上半身を起こした。合宿所の板張りの床に落ちた淡い
カーテンの影がゆらゆらと 揺れている。ベッドから降り、足の裏に広がる心地よい床の冷たさを
感じながら窓際に近づくと、薄手のカーテンを左右に開いた。

夏の眩い光の束が、部屋の中に転がりこんで。
岡野は反射的に目を細める。

あの人も、目を覚ましているだろうか。
同じ太陽の光を見ているだろうか。

夢の中でこっそり録音したはずの声は、当然ながら現実に残っているわけもなく。
開いたままの携帯を手に取り発信履歴に残るその人の名前を見ながら、いまだ鮮やかなままの
昨夜の会話を思い出した。


「…帰ったら、会ってくれるって言ってた…よなぁ…」


「あの」間宮譲が、自分に会うために一日空けておくと言ったなんて、 誰に言っても信じてもらえ
ない気がする。


「でも…言ってたよな」


どこかいまだ信じられない気持ちを振り切るように、あの言葉だけは「夢落ち」ではありませんように
と強く思いながら、自分に言い聞かせて。
岡野は手にしていた携帯電話をパチリと閉じた。

廊下から合宿所の起床時間を告げるメロディーが漏れ聴こえてくる。
既に耳慣れた音楽と波音を聴きながら岡野はぐんと大きく伸びをした。


「さて、と。今日も頑張って練習するか」






朝を迎えた今、インターハイまであと12日。




譲さんの顔が見れるまであと18日。









クロイワツクツクの鳴き声は




まだ止まない。



















…fin





























「岡野、お前さぁ…昨日の夜中、何やってたわけ?」

「へ?」

「へ?じゃねぇよ。お前何か知らねぇけど俺の部屋の鍵穴とかノブとかガチャガチャやってただろ!」

「……ぁ…」

「煩くて寝付けなかったっつーの」

「…ぁー……」

「ったく…」

「………ごめん…」




俺は本気で夢遊病かもしれない…。